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大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)92号 判決 1998年4月30日

大阪府東大阪市菱屋西五丁目三番二三号

原告

善村眞知子

右訴訟代理人弁護士

国府泰道

大阪府東大阪市永和二丁目三番八号

被告

東大阪税務署長 杉尾襄

右指定代理人

関述之

西浦康文

平田豊和

村松徹哉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成六年二月四日付けで原告に対してした原告の平成四年分の所得税に係る重加算税賦課決定処分(ただし、無申告加算税相当分を除く。)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同じ。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の平成四年分の所得税の申告及び課税の経緯は、別表1のとおりである。

2  原告は、平成五年三月一七日、別表1の「確定申告」欄記載のとおり、被告に対し、原告の平成四年分の所得税(以下「本件所得税」という。)の確定申告(以下「本件確定申告」という。)を行った。

3  原告は、平成五年一一月九日付けで、別表1の「修正申告」欄記載のとおり、被告に対し、本件所得税について修正申告(以下「本件修正申告」という。)を行った。

4  被告は、平成六年二月四日付けで、別表1の「無申告加算税及び重加算税の賦課決定」欄記載のとおり、原告に対し、本件所得税について、重加算税の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をした。

5  原告は、平成六年三月八日、本件処分に対し異議を申立てたが、右異議申立ては同年六月三日付けで棄却された。

6  原告は、平成六年六月二八日、右5の決定について、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成八年二月二七日付けでこれを棄却する旨の裁決をし、右裁決書謄本はそのころ原告に送達された。

7  本件処分(ただし、無申告加算税相当部分を除く。)は後記四のとおり違法であるから、原告は、被告に対し、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし6の事実は認める。

三  被告の主張

1  原告は、平成四年一二月一八日、原告所有の大阪府東大阪市荒本新町二六番地、宅地二三〇・九四平方メートルの土地及び同土地上の建物(同所二六番地、家屋番号二六番、鉄骨造スレート葺二階建作業場兼居宅、一階一三八・七〇平方メートル、二階一〇四・六九平方メートル、以下右土地と併せて「本件不動産」という。)を代金合計一億四六六八万五〇〇〇円で売却した(以下「本件譲渡」という。)。

本件譲渡に係る所得は、長期譲渡所得の分離課税の特例が適用される。

2  原告は、本件所得税の確定申告の手続を実弟の平井敏彦(以下「平井」という。)に任せた。

3  本件確定申告は、法定申告期限内に申告がされず、右期限経過後に申告書が提出されたところ、同申告書においては、所得税法六四条二項に規定する特例の適用を受ける旨及び右特例の対象となる金額は一億一〇〇〇万円である旨申告書に記載され、植木由光が大林安昭及び中本勇に対して負っている合計一億一〇〇〇万円の借入金債務について、原告が連帯保証し、保証債務を履行したが、右履行に伴う求償債権を行使することができなくなったとして、その資料(借用証、領収証等)が添付されている。

4  しかしながら、原告が右3の連帯保証をしたり、保証債務を履行した事実はなく、右連帯保証契約の締結及び保証債務の履行は仮装されたものであった(以下「本件仮装行為」という。)。

そうすると、本件譲渡に係る分離長期譲渡所得金額は一億〇四五六万五七一六円、課税分離長期譲渡所得金額は一億〇四五六万五〇〇〇円となり、原告は、別表1のとおり、本件修正申告においてその旨修正申告を行った。

5  原告は、平井及び松井清彦(以下「松井」という。)と共謀して、本件仮装行為を行った。

本件仮装行為は、国税通則法(以下「通則法」という。)六八条二項にいう「仮装・隠ぺい」行為に当たる。

6  仮に、原告と平井や松井との共謀の事実が認められないとしても、原告は、税金の申告を含めて自己の財産管理を平井に委ねており、原告と平井とは経済的に一体であるから、平井が松井の本件仮装行為に加担している以上、通則法六八条二項の適用においては、納税者である原告が課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装した場合と同視し得る。

7  別表2のとおり、本件修正申告によって新たに納付すべき税額(増価税額)は二九三六万二二〇〇円(同表の(b)11欄)であり、このうち隠ぺい仮装事由に係る分は二七八一万四五〇〇円(同表の(c)11欄)であるから、重加算税の額は、その基礎となる税額二七八一万円(同表の(c)12欄)に一〇〇分の四〇の割合を乗じた一一一二万四〇〇〇円である。

8  したがって、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が本件譲渡に係る税金の申告手続を平井に任せたことは認める。

3  同3及び4の事実は認める。

4  同5の事実は否認する。ただし、松井が本件仮装行為を行ったことは認める。

5  同6、7は争う。

原告は、本件土地の売買及び税金の申告手続を平井に依頼し、平井は、本件土地の売却に係る税金の申告手続を松井に委ねたところ、松井は、平井に対し、右売却による譲渡所得に係る税額として二八〇〇万円が要ると述べたので、平井は、松井に二八〇〇万円を預託した。ところが、松井は、法定申告期限経過の後に本件確定申告を行い、三四五万円を納税したのみで二八〇〇万円との差額である二四五五万円を着服した。このように、平井は、松井に騙されて申告を依頼するとともに虚偽の申告をさせられ、交付した納税資金を着服されたのであって、松井の不正申告を是正することができなかった。

したがって、松井の行った本件仮装行為を原告の行為と同一視することはできず、本件処分は、重加算税の賦課要件を欠く違法な処分である。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし6の事実、被告の主張1、3及び4の各事実並びに原告が実弟の平井に本件譲渡に係る税金の申告を任せた事実、及び松井が本件仮装行為を行った事実は、いずれも当事者間に争いがない。

右によれば、本件確定申告は、通則法六八条二項にいう課税標準及び税額の計算の基礎となるべき事実が仮装され、右仮装されたところに基づき、法定申告期限後に納税申告書が提出された場合に該当することは明らかである。

二  通則法六八条二項は、重加算税の課税要件として、「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、又は仮装したところに基づき法定申告期限までに納税申告書を提出せず、又は法定申告期限後に納税申告書を提出していたときは……重加算税を課する」旨定めているので、以下、原告本人について同項の適用があるかどうかについて検討する。

1  重加算税は、刑罰とはその趣旨及び性質を異にするが、過少申告加算税及び無申告加算税とともに納税者に対するいわゆる制裁税の性質を有することは明かであり、通則法上は、過少申告加算税及び無申告加算税においても、納税者が申告期限内に申告できなかったことや過少申告となったことにつき正当な理由があるときは賦課されないものとされていること(通則法六五条四項、六六条一項但書)、更にそれに加えて、重加算税の税率が無申告加算税及び過少申告加算税のそれに比して著しく高率であって、重加算税は、過少申告加算税や無申告加算税よりも納税者に対する制裁の性質がより強度の税であることからすると、通則法六八条二項の解釈において、「納税者が」仮装又は隠ぺい行為をしたとの要件も、これを厳格に解すべきものであることは明かであり、これを安易に類推解釈することは許されないというべきである。特に、右の要件としての仮装又は隠ぺい行為については、あくまで納税者本人の行為に限定されていることは条文の文言上明かであり、被告の主張は、これに反する限りにおいて失当である。

2  しかしながら、納税者が第三者に納税の申告手続を委任した場合において、その第三者が積極的に仮装隠ぺい行為をしてそれに基づいて納税の申告をしたときは、納税者において、仮装隠ぺい行為の具体的な内容を逐一具体的に認識していなくても、その第三者が何らかの方法による仮装隠ぺい行為をして納税額を過少に装って納税の申告をすることを特に期待し、その趣旨を含めてその第三者に納税の申告手続を委任したものと認められるときは、一連の事実関係を総合的に評価して、重加算税の前記の要件である納税者本人が仮装隠ぺい行為をしたものと解して良い場合があると考えられる。けだし、右のような場合にまで納税者本人が重加算税の課税を免れると解すると、特に、税理士以外の第三者に予め何らかの仮装隠ぺい行為をしてもらうことを特に期待し、その趣旨を含めて包括的に税務申告を依頼し、その第三者が仮装隠ぺい行為をして過少申告をしても重加算税の課税を免れることになり、これでは、通則法六八条所定の重加算税の趣旨が没却されると解されるからである。

3  これを本件についてみるに、前記の争いがない事実、証拠(甲第一号証、第三号証、第五、第六号証、第一〇ないし第一三号証、第一五ないし第二四号証、乙第一ないし第一七号証、第一八号証の一ないし三、第一九ないし第二〇号証、第二三号証(ただし、乙第六ないし第九号証は偽造文書としての存在)、証人平井敏彦の証言、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告の夫である理彦は、自ら工務店を経営し、その事業に係る納税の申告手続は、理彦が尾本信行税理士に委任して同税理士が継続的にこれを行っていた。理彦は、平成三年七月二日死亡した。原告(昭和二〇年四月二二日生)は、理彦の相続に係る相続税(本税の総額九七三七万〇一〇〇円、以下「本件相続税」という。)について、他の相続人である原告の長女、次女及び長男とともに、尾本税理士に依頼して、同税理士を代理人として、平成四年一月六日相続税の確定申告書を提出した。原告は、専業主婦であったが、理彦の死後は、その遺産である貸工場からの賃料収入を得るようになり、自らの平成三年分の所得税の申告も尾本税理士に依頼し、同税理士がこれを行った。原告や理彦は、それまで、納税の申告手続を原告の実弟の平井や平井を通じた第三者に依頼したり、その相談をしたことはなかった。

また、原告又は平井は、平成四年四月一四日、近畿税理士会東大阪税理士会館に赴き、税理士に本件相続税に関する相談をした。

(二)  ところが、原告は、本件相続税を納付するため、平井に対し、理彦の遺産である本件不動産を売却してその売却代金を本件相続税の納付に充てることにしたいと持ちかけ、平井と相談の上、本件不動産の売却手続の一切及び本件相続税の納付、並びに右売却に伴う税金を含む平成四年分の原告の所得税の申告手続の一切、及び納付手続の一切を平井に任せ、平井が更に第三者に依頼して、右の売却手続及び本件相続税の納付の手続、更に、原告の平成四年分の所得税の申告手続をすることにした。

(三)  平井は、不動産取引業務の営業経験や、食品売買や毛布の販売等の共同で事業を行い、複数の会社の経営をした経験があり、株式会社サロン・エステ・マインを経営していた。原告は、同社に出資及び融資をしていた。

(四)  原告は、平井に右の依頼をした後、松井への依頼及び本件譲渡の経緯等につき、概ね、月に一、二度の割合で自宅を訪れた平井から報告を受け、本件不動産の売却手続や本件相続税の納付の手続、及び原告の所得税の申告手続を何人かの人物を介した上で、結局、松井清彦なる人物に依頼したこと、松井は税務関係に詳しい人物であることを聞き、平井から松井の名刺(甲一七)を受取ったが、原告は、松井は税理士資格を有しない者と認識していた。原告は、その上で、松井に原告の平成四年分の所得税の申告手続を依頼することを承知していた。

(五)  平成四年一二月一八日、本件不動産が代金合計一億四六六八万五〇〇〇円で栗岡隆顕ほかに譲渡され、その旨の移転登記が経由され、平井及び松井は、その代金として現金一億一八二八万五〇〇〇円及び現金八四〇万円と二〇〇〇万円の三和銀行今里支店振出しの自己宛の保証小切手を受領し、その中から本件相続税として一億二三一万二五〇〇円が納付された。右の保証小切手は、同月二一日松井によって換金された。

(六)  その後、松井は、内容が虚偽である乙第六ないし第九号証の各書面を作成して本件仮装行為をした。そして、それに基づいて架空債務を作出して原告の所得を圧縮した内容の本件申告書を、法定申告期限が経過した平成五月三月一七日、被告に対し、「中企連中河内地区本部」なる組織を通じて提出し、そのころ右申告に係る所得税三四五万円を納付した。

(七)  被告の部下職員は、平成五年九月七日、原告の本件申告の内容の調査に着手し、平井と中企連近畿本部業務部副部長の山口曜一(以下「山口」という。)から事情を聴取した後、原告本人に来署を求めたが、原告が来署しなかったので、同年一一月九日、原告宅に赴いた。原告は、その際、被告の部下職員に対し、本件仮装行為に係る連帯保証及び保証債務履行の事実はないことを認めた。その際、被告の部下職員は、原告に対し、本件譲渡については所得税六四条二項規定の特例の適用はないことを説明したほか、原告には他に不動産所得(家賃収入)があるにもかかわらず、本件確定申告において申告されていないことを指摘し、これらの理由から修正申告が必要である旨説明したところ、原告はこれに応じ、その場で修正申告書に署名押印して山越に提出し、本件修正申告を行った。

(八)  平井は、平成五年一二月二日、山口とともに東大阪税務署を訪れ、被告の部下職員である山越から、本件確定申告に添付された資料は虚偽のものであること、税額は三四五万円として本件確定申告がされていることの説明を受けた。その際、山口は、本件譲渡に係る経費として七二〇〇万円(仲介手数料として前記(二)の仲介業者三名に支払った合計一二〇〇万円、「松井良彦」に支払った四五〇〇万円、紹介料として坂本不動産に支払った五〇〇万円、山口組系堀内組金田某に支払った一〇〇〇万円)を要したとする虚偽の内容の主張をして、修正申告の差し替えを求め、原告の所得を現実より圧縮しようとしたが、同席していた平井が右説明に不審を抱いた形跡はなかった。

(九)  平井は、遅くとも平成五年一二月二日には、原告の右の所得税として三四五万円しか納付されていないことや本件確定申告に当たり虚偽の書類が作成されていることを知った。原告も、平井からそれを知らされ、あるいは、被告から原告に直接交付された賦課決定通知書(乙一七)を見て平成六年二月には本件処分がされ、税務当局が、松井が虚偽の内容の書類を作成して不正な申告をしたものとして本件処分をしたことを知った。

しかし、平井も原告も、直ちに本件申告の経緯について松井を追求することをせずに、むしろ、原告は平井と相談の上で、本件処分に対する異議申立て及び審査請求の手続を、再度松井に委ねた。その際、松井の税理士資格の有無や本件申告に至る経緯等を問いただすこともなかった。原告自ら署名押印した異議申立て書である乙一三号証には、私は中企連近畿本部で申告を依頼していた旨、ここまでの経緯に至るまで私は山口氏にお任せしていた旨、今後一切代理人の部落解放同盟松原支部大企連の松井氏に依頼しますので宜しくお願いしますなどの記載がある。

4  そして、原告も平井も、原告本人尋問や証人尋問において、本件申告を税理士資格を有する者に依頼しなかった理由を何ら合理的に説明できていない。

また、平井は、その証人尋問において、松井は初対面であり、その肩書にある大企連なる組織については税務関係の仕事をしてもらえる組織であることのほか詳しいことは不明であった、本件譲渡の代金合計一億四六四二万円を買主から全額現金で受領し、その中から本件相続税として一億〇二三一万二五〇〇円の納付を松井に依頼し、松井が税金分は二八〇〇万円ですと言ったので、その代金の残額の中から現金二八〇〇万円を松井に預けた。その領収書ももらっていないし、本件相続税の納付書ももらっていない、また、本件譲渡による原告の税金はその際に納付すれば済むもので、原告の所得税として申告手続を要することは意識していなかったなどと、それ自体極めて不合理かつ不自然な内容の部分、積極的に虚偽の内容の証言をしていると考えられる部分があり、右部分は到底採用できないのみならず、前記2の認定事実に照らせば、むしろ、平井は、当初から何らかの不正な手段で原告の所得税を過少に申告しようと意図していたものと認められる。

そして、前記2の認定した事実関係に加えて、右の証拠評価を総合評価すると、原告は、平井に自己の平成四年分の所得税の申告手続等を依頼した当初から、又は少なくとも松井が本件仮装行為をするまでの間に、敢えて、従前から知っていて平成三年分の所得税の申告も依頼した尾本税理士に依頼することを避け、平井及び松井に対して何らかの不正な手段で自己の所得を過少に仮装することを特に期待し、その趣旨を含めて右の申告手続を平井及び松井に依頼したものと認められ、かような一連の事実関係からすると、本件仮装行為が内容虚偽の文書を作成して所得税法六四条二項所定の特例の適用を受けようと仮装したもので原告がその具体的な内容まで認識していたことまでは証拠上明かではないものの、原告自身も本件仮装行為をしたものとして通則法六八条二項の適用があるものといわざるを得ない。

三  そうすると、本件においては原告について重加算税の賦課要件を充足しているものというべきであり、以上認定の事実からすれば、重加算税の額は被告の主張8のとおりとなるから、本件処分は適法である。

四  以上の次第であるから、原告の請求は理由がないから棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官加藤正男、同西川篤志は、いずれも転補のため署名、押印することができない。裁判長裁判官 八木良一)

別表1

原告善村眞知子の平成四年分の所得税の課税の経緯及びその内容

<省略>

別表2

加算税の基礎となる税額の計算書

<省略>

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